よくあることなので省略したいところだが、ご無沙汰しています。
なんやかんやあって、仕事でカナダに滞在している。約3か月半の予定で(途中、1週間ほどアメリカへ行く予定がある)、その最初の一か月が終わったところだ。
夫みたいな人は日本にいる。おそらく大半を自宅で過ごしている。寂しくなるものかと思っていたが、意外とそうでもない。なお、滞在の最後の一週間だけ遊びに来てくれるらしい。
もともと私は、一人で過ごすことを好む。というより、一人でいる時間がなかったら緊張がほどけない。
新しいことを人と始めるために海外へ来ているというのに、実際には一人で勉強し、論文を読み、考えをまとめ、ある程度形になったらM先生のところへ話をしに行く。気が向けば、学生やポスドクの方のいる部屋へ行って「コーヒー買いに行こうや」と誘ったりしながら、気ままに暮らしている。
最初は「もっと自分から誘って交流したほうがいいのか」と思っていた。でも、相手には相手の仕事がある。たまにコーヒーを飲みに行くくらいで十分らしい。あとは「ワールドカップ見た?」「見てない」(これは私のセリフ)みたいな他愛のない会話をして、それ以外は研究の話をしている。
特別なことはほとんどしていない。でも、こちらへ来てよかったと思った出来事がひとつあった。
私がカナダを滞在先に選んだ理由を一言でいえば、「縁」である。最初に勤務した大学で、研究室のメンターであるK先生が若い頃にカナダへ1年滞在していて、そのときの話を折に触れて聞かせてくれた。私はその人脈をたどってここへ来たといえる。この分野の研究を始めてからも、カナダの研究者の方々は本当に親切で、日本へ来られた際には研究室に立ち寄ってくださることもあった。そうした積み重ねの延長線上に、今回の滞在がある。
そのK先生が滞在していた研究室の教授、P先生が、私の渡航直前に亡くなられた。この知らせは小さな研究コミュニティ全体に衝撃を与え、日本でも関係者の間でメールが飛び交っていた。
私は、P先生が最後に日本へ来られたときのことをよく覚えている。
違う分野で学位を取り、K先生の研究室でキャリアをスタートした。K先生の研究を少しずつ吸収しながら、ようやく「これだ」と思えるテーマを始めたばかりだった。頭の中に、研究領域の地図もまだできていなくて、どういう研究者がどこにいて何をしているかということも、ほとんど知らなかった。だから、P先生がどれだけすごい人なのかというのも、全くわかっていなかった。
P先生の来日に合わせて特別に開催された研究会で、私も、始めたばかりの、おしりに殻がついたひよこみたいな研究について発表をした。地中海のほうで生まれた、P先生が話す英語は、実際、私にはちょっと聞き取りづらかった。でも、そのときの内容も、それを聞いたときに私に入ってきたイメージもよく覚えている。
「まるで泥の中をすくうような難しい問題だ」
P先生の前に置かれたコップの水が、ゆっくり濁っていく。泥の粒が光を受けてきらきらと舞う。その向こうに、まだ見えていない何かがある。
私にはそんな情景が浮かんだ。
ことばのトーンは優しくも、鋭いコメント。今だに、そのコメントは「本当にそのとおり」と思い出せる。
研究会が終わったあと、先生をタクシー乗り場までお見送りした。別れ際に交わした力強い握手も覚えている。そして、その日はよく晴れていた。
そのとき既にご高齢であったため、P先生が日本にお越しになるのは、おそらく最後になるだろうと言われていた。当時の私は、研究室の助教だったので、お迎えにあたって多くの仕事をしながら、研究発表の準備もして、本当に心を失うほどだった。それでも、その研究発表へのコメントとタクシー乗り場でのやりとりだけ、不思議なくらい鮮明に残っている。
十日ほど前、M先生と研究の話をしていたら、不意にP先生の話題になった。
M先生はP先生をとても尊敬していて、大学院生の頃、初めて参加した学会で記念写真を撮っていただいたそうだ。それ以来、学会でお会いするたびに毎年一緒に写真を撮り続けてきたという。写真立てに飾られた一番古い写真と、スマホの一番新しい写真を見せてもらった。M先生は本当に記憶力がよく、「あれは何年の、どこの学会だった」といったことまで、昨日のことのように話してくれた。M先生は学会で、教科書を書いてこられた著名な研究者が大勢いるのを見て「教科書が歩いている!」と衝撃を受けたと笑っていた。それは、私も大学院生のときに同じような経験がある。
亡くなった方の記憶を共有して、その方を懐かしむことは、いくら対面とはいえ、慌ただしくすぎる学会では難しい。ここへ来て、話すことで、私とM先生の、P先生との思い出がコーヒーカップで混ざり合う。
見せてもらった一番古い写真が撮られたとき、私は高校生だったらしい。その頃は、K先生もP先生もM先生のことも私は知らない。将来、何になるかも知らない。
今も、私の研究は泥の中にある。何を掬っているのか、自分でもまだよくわからない。
でも、泥の混ざった水をかき回しているだけでは、一生、透き通ってこないだろう。そうだな、例えば、泥水のまま楽しむというのも、いいんじゃないだろうか。そういうことを、話している。